西出真一郎

西出真一郎
『ろばのいる村 フランス里山巡り』(作品社 2012)
おいしいものを、気持ちよく食べさせてもらったら「とてもおいしかったです。ごちそうさまでした」と言えばいい。相手がラーメン屋でもフランス料理でも友達の奥さんの手料理でも、そう言って頭を下げればいいわけです。この言葉は言う側も選びません。年寄りでも小学生でも男でも女でもOK。誰でも口に出せるあたり前のフレーズ。だからこそ喜びと敬意と感謝の気持ちを込めて言うんでしょうね。「おいしかったです、ごちそうさまでした」。
本の場合、そういうのがないですね。昨日この本を読んでそれに気づきました。著者に直接言う機会なんてめったにないからそういう言葉ができなかったんでしょうけど、私としては飾ったそれでなく「とてもおいしかったです」と著者に言いたい。あ。龍之介とか百輭はなんて言ったんだろう。野上弥生子が言うように、競い合ってがんばっちゃったのか。そりゃそうだな。相手、漱石だもんなあ。「文章、いいっすね」「人物描けてますね」「風景ちゃんとありますね」なんて口が裂けても言えないよな。
文章がいいです。ふふふ。私は言っちゃった。だって龍之介じゃないし。
たくさんの文学を読んだ人が書いた文章です。その過去の先達に敬意を持って、刻まれた心地よいリズムと描写。スキもわかって作ってあります。もちろん「人物が描けてる」し「風景がちゃんとあります」。うわあ。すげえおこがましいな。だからあとは略。ぜひ読んで下さい。私は再読するでしょう。そして次に出る著書も必ず読むでしょう。また暖簾をくぐる感じで。ではもう一度。
「とてもおいしかったです。ごちそうさまでした」。

ろばのいる村――フランス里山巡り

ろばのいる村――フランス里山巡り