木原実

黒澤明が『影武者』を撮るとき、広くオーディションをした。その募集の新聞記事を見た高校三年の私は一人盛り上がった。ぜひとも友達の木原を受けさせ、映画デビューさせようじゃないか。そうだそうだそうしよう。すでに木原は日大芸術の進学が決まっていた。受かれば大学でもデカい顔が出来る。そうだそうだそうしよう。敏腕マネージャーの私はすぐにカメラマンを用意した。友達の写真部の加藤さん。学校が終わり、ちんたら20分歩いて相模川に行き写真を撮りまくった。歩く、走る、泣く、憤怒、疑心、哄笑。『野良犬』『天国と地獄』『どですかでん』『白痴』でしょうか。まあ全部黒い学生服だったけど。出来あがった加藤さんのモノトーン写真は見事だった。そこにはまぎれもなく哀れでこずるい百姓がいた。「影武者に農民の役ってあったっけ?」「さあ?」
加藤さんの写真の力は黒澤も認めたらしく、書類選考は通った。木原はオーディションに行く。そして落ちた。
木原は木原実。そらジロウという人の上司です。俳優とナレーションの仕事以外に、晴れとか雨とか予想してお金を稼いでいる。農民、漁民の味方だ。加藤さんは加藤秀和。大学4年行って、そのあと芸大行って、尺八のお師匠さんになった。
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余談ですが、スガ秀実萩原健一にインタビューした『日本映画[監督・俳優]論 〜黒澤明神代辰巳、そして多くの名監督・名優たちの素顔〜 』(ワニブックスPLUS新書 2010)はとても面白いです。黒澤とショーケンの対立ではなくて、市川崑ショーケンへの意地悪が載ってます。