井田真木子

漫画家志望の人は志村けん柄本明のばばあ芸者を見るべきだ。
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作劇術。ってカッコイイ言葉ですね。ばばあ芸者。やばい。もっとカッコイイ。
少年漫画の場合。今まさに戦いが始まるとき主人公が最強の敵にむかって言う。たとえばなにがいいかな?「お前の心を折ってやる」にしようか?そう思いついたとたん漫画家(原作者)は「お、いけるかも」とうれしくなるわけです。でもちょっと待って。もしこの台詞を先に敵が言ったらどうなる?
物語を作る人なら、想定していた台詞を別の人間に言わせてみることは、結構やってると思う。で、ためしに言わせてみた。しかし別の人間だとしっくりこない。ていか、この台詞はこの登場人物にしか言えない。むしろこの台詞こそが主人公そのものだ。って思えた場合はそれでいいです。あとはちゃっちゃっと仕事進めて、真鶴に釣りに行って下さい。
だけど敵が言ってなんの違和感もない場合どうなるか?ピンチ!主人公、ピンチ!さらに漫画家もっとピンチ!そりゃそうだ。だってさらにすごい台詞考えないといけないんだもの。でもね。だからこそここで踏ん張れば作品はもっと面白くなるわけですね。真鶴には来週行きなさい。今日は釣れないよ。でもそれだけの価値がある。だって1−0の試合が2−1の試合になるんだもの。そうです。少年漫画は基本は点の取り合い。だから点数がなるべく入るほうがいい。武ちゃんも言ってるべ。あ、色川武大ね。エンターテイメントはサービスだって。
主人公が今まさに敵に言う。「おれは負けられないんだ。愛するあの子のためにも」。ところがこの台詞を先に敵が言っちゃった。「俺は負けられないんだ。愛するあの子のために」。さあ、どうする?主人公はどう返す?「え?キミも?実は俺もなんだよね」「へえ、奇遇」「あの子って誰?」「エー?それ聞く?」ひどい。ひどすぎる。だから私は考えないよ。釣りに行くんだもの。来週は釣れないし、今日大潮だし。キミが考えなさいよ。
漫画の主人公って、能動的な人物だとみんな思っている。行動して周りを変えるという意味ではもちろんそうなんだけど、まず能動と考えるより、どういう状況のときにどういう行動を取るのかって、そういう順序で考えた方が主人公に厚みが出ますよ。つまりリアクションで考えた方がいい。だから私は言います。漫画家志望の人は志村けん柄本明のばばあ芸者コントを見るべきだ、と。もちろん見るポイントは志村けんにある。はいはい、柄本さんもすごいよ。だけどふだんは敵がいない勇者志村けん柄本明に対してどう受けて立つかそこがポイントだ。「お姉さん、昨日の30円返してよ」「いつの話よ」「だから昨日って言ってるでしょ!」
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ちなみに「心を折ってやる」は井田真木子の『プロレス少女伝説』の神取忍の台詞だ。この神取はめちゃくちゃカッコイイですよ。当然このノンフィクションも良いです。井田の作品はどれも好きだけど、もう読めないんですね。残念だ。て、亡くなって10年以上経つのか……。もちろん漫画家志望はこの作品も読むべきだ。って言われたら、さあどうリアクションする?
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