キングオブコメディ

キングオブコメディが好きだ。
頼まれもしないのに勝手に書くほど好きだ。
×  ×  ×
  ベンチ。背広姿の高橋がいる。会社の昼休みか。
  左手、包帯に三角布をした学生服の今野が来る。
今野「こんにちは!」
高橋「こんにちは」
今野「こんにちは!」
高橋「……こんにちは」
今野「こんにちは!」
高橋「こんにちはに対して、こんにちはと応じるのは間違っているのかな」
今野「こんにちは!」
高橋「……」
今野「こんにちは!」
高橋「沈黙も許されないんだね」
今野「こんにちは!」
高橋「金か?金が欲しいのか?」
今野「くれるんですか?」
高橋「……金では反応するんだね」
今野「ちょうだい、金」
高橋「もちろんあげない」
今野「ボク、第3中学1年2組のバツバツと言います。いろんな人の職業を調べてるんですけど、話をうかがってもいいですか」
高橋「プリントを見て練習してきたんだね。だから名前のとこはバツバツなんだね」
今野「ボク、第3中学1年2組の……今野と言います。いろんな人の職業を調べてるんですけど、話をうかがってもいいですか」
高橋「ちょっと間が空いたけど、うまく言えたね、じゃあ協力してあげようかな」
今野「ボク、第3中学1年2組の今野と言います。いろんな人の職業を調べてるんですけど、話をうかがってもいいですか」
高橋「はい。完璧」
今野「ボク、第3中学1年2組の今野と言います。いろんな人の職業を調べてるんですけど、話をうかがってもいいですか」
高橋「もしかして、またやるのかな?」
今野「ボク、第3中学1年2組の今野と言います。いろんな人の職業を調べてるんですけど、話をうかがってもいいですか」
高橋「金か?金が欲しいのか?」
今野「……」
高橋「耐えてるんだね」
今野「ボク、第3中学1年2組の今野と言います。いろんな人の職業を調べてるんですけど、話をうかがってもいいですか」
高橋「ルールがわからん。単純に石橋を叩いて渡るタイプなの?」
今野「石橋じゃなくて今野です」
高橋「もしかして6回?6回でワンセット?」
  今野、高橋の隣に座り、肩掛けカバンからプリントとペンを取り出そうとする。
  だが取りにくい。
高橋「とってあげようか」
  今野、顎で「やれ」という合図。
高橋「感じ悪いね」
  高橋、カバンを受け取り
高橋「怪我、なんでやっちゃったの?」
今野「いきなり殴られたんです」
高橋「(驚き)そうなの?」
今野「こんにちはがうるさいって」
高橋「ああ。悪いけど、今回に限って、加害者側につかせてもらうよ」
今野「私の母はすぐかっとなるんで」
高橋「お母さんに言ったんだ」
今野「生まれてから6万回は言ったのにまだお母さん慣れてくれなくて」
高橋「やっぱり6で割り切れるね」
今野「不思議だ」
高橋「不思議なのはお母さんにこんにちはって言うことだよね。どういうシチュエーションで言うんだろ」
今野「こんにちはは昼使いますね。夜はこんばんは、朝はおはようです」
高橋「本当だ。いきなり殴りたくなる」
  高橋、カバンからプリントとペンを取り出した。
高橋「(気づき)片手じゃ書きにくくない?机があればまだしも」
今野「どこかホテルでも入りますか?」
高橋「ホテルは入らないけどね」
今野「(笑って)嫌だなあ、エッチなホテルじゃないですよ!」
高橋「1ミリも考えてなかったです」
今野「たしかにボクは今片手だから抵抗はなかなかできないですけどね、でも僕も男ですよ、貞操を守るためなら必死ですよ」
高橋「男が貞操って言葉を使うの初めて聞いたよ」
  今野、高橋のプリントを見て
今野「じゃあプリント、兄貴が書いてくれますか」
高橋「いつからボクは兄貴になったのかな」
今野「ふふふ、エッチなホテルを想像した時点で」
高橋「きみはとてつもない人間かもしれないとは思ってたけど、それを軽々超えて来たね」
今野「(プリントを読み)あなたのお仕事はなんですか?」
高橋「(ペンを握って)会社員、ってそれじゃ大ざっぱ?もっと詳しい方がいいのかな?」
今野「それは自分で考えて」
高橋「先生はなんて言ってた?」
今野「先生の話はいいから」
高橋「……」
今野「手が動いてない」
高橋「……なんか勘違いしてないかな?こっちは善意でやってるんだよ」
今野「やってるって、やってねえし」
  高橋、プリントとペンをベンチに置いて、立ちあがった。
高橋「帰る」
  今野も立ちあがった。
今野「お昼休みのキジュウな時間ありがとうございました。さようなら!」
高橋「……あのね。そのありがとうって言葉もプリント見て練習したんだろうけど、他の人のところに行くつもりなら、ボクでダメなら他の人もダメだよ、あとね、キジュウじゃなくて貴重」
今野「さようなら!」
高橋「だからさ」
今野「さようなら!」
高橋「はいはい、えっと、4回かな」
今野「さようなら!」
高橋「……5回」
今野「さようなら!」
高橋「はい、6回、終了です」
今野「さようなら!」
高橋「……」
今野「さようなら!」
高橋「……ピンチ」
今野「さようなら!」
高橋「……ピンチピンチ」
今野「さようなら!」
高橋「さようならは10回とか」
今野「さようなら!」
高橋「……あ、やっぱり6か、6の倍数か」
今野「さようなら!」
高橋「12、はい、6で割り切れた!」
今野「さようなら!」
高橋「……」
今野「さようなら!」
高橋「……」
今野「さようなら!」
高橋「……」
今野「さようなら!」
高橋「……催眠術とかじゃないよね?なんかくらくらしてきたんだけど」
今野「さようなら!」
高橋「わかりました。私は帰ります」
今野「さようなら!」
高橋「はい、さようなら」
今野「さようなら!」
  高橋、去って行く。
  その背中に。
今野「キミはまだ気づかないのか?ボクが何者なのか?」
高橋「え?」
  高橋、振り返る。
今野「新しいお母さんがやってきたのはキミが10歳のときだった。キミは元気よく挨拶しようと決めていた。お父さんの車が止まり、助手席から新しいお母さんが下りてきた。キミは大きな声で言った。こんにちは!だけど新しいお母さんは返事をしてくれない。あれ?聞こえなかったのかな?キミはさっきよりもっと大きな声で言った。こんにちは!するとその女はふんと鼻で笑った」
高橋「……」
今野「それからの2年間、キミはその女に、ときに優しく、ときに甘え、ときに怒り、ときに冷たく、ときに媚びるように、接した。だがダメだった。女はどんなときでも鼻で笑った」
高橋「……」
今野「小学校最後の運動会、キミはクラス対抗リレーの選手に選ばれた。それもアンカーとして。きみがバトンを受け取ったとき、順位は4番だった。キミは走った。新しいお母さんのためじゃない。だってあの女は運動会に来ていなかったのだから。キミはただクラスのために走ったんだ。一人抜き、二人抜き、とうとうキミは一位になる。そしてそのままゴールテープを切った。クラスの連中が歓喜の声を上げる。だが勢いがついたキミは前のめりに転がってしまう。あ、やっちゃった。キミは左腕を骨折したのがわかった。だけどそれに気づかないクラスのみんなは、キミの元へと走ってきた。やったな!すごいや!さすがだぜ!最高だよ!キミはうれしかった。痛みよりも喜びの方が6倍も、いや、60倍もまさっていた」
高橋「……」
今野「そのあとすぐにキミは病院に運ばれた。担任の先生が自分の車で運んでくれたのだ。助手席に乗ったキミは決意した。もうさよならしよう。あの女にじゃない。あの女にさようならするのではなくて、あの女に気に入られようとしていた自分にだ。そうだ。そんな自分に今日でさようならだ。キミは心の中で叫んだ。さようなら!」
高橋「……」
  高橋、ボソリと言った。
高橋「あの……」
今野「はい!」
高橋「……足、遅いんだけど」
今野「はい!」
高橋「中学のときに、転んで額を3針縫ったことはあるけど、骨折は一度もしたことないし」
今野「はい!」
高橋「ただね、母親のところは半分当たってる。たしかに私を産んだ母は病気で亡くなって、中学のときに新しい母親が来たよ」
今野「はい!」
高橋「でも彼女はドイツ人。親父は貿易の仕事してたから再婚したのがドイツ人だったんだよ。だからもしキミの流れで話を展開するなら、こんにちはじゃなくて、グーテンタークだから」
今野「はい!」
高橋「じゃあ、本当にこれでおしまいです。失礼します。さようなら」
  高橋、去った。
  今野、言った。
今野「グーテンターク!」
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