岩明均

岩明均とは長いつき合いになる。
大学の漫研の同期で、年齢も一緒だ。「金が欲しいなあ」「そこに10円落ちてますよ」これが最初に交わした言葉だったような気がする。
漫研には新入生歓迎コンパがあり、新しく入部した者は芸をする決まりになっていた。歌を歌ってもいいし、モノマネをしてもいい。岩明は大声を出した。「大声を出します」と言って「うおー!うおおお!」と叫んだのだ。驚いた。なんてセンスがイイ奴なんだろう。
つき合いだしてすぐに岩明が考える人だとわかった。歓迎会とは何か?コンパとはなにか?芸とはなにか?彼はそこまで立ちかえる。「芸をしなければならない、なにをしよう?」で終るのではなくて「芸をするにあたって、では芸とはなにか?受けるとはなにか?」を考える、そういう人間だった。これは家庭環境から来てるのかもしれない。岩明の父が学者の岩城正夫なのは知れたことだが、お母さんもまた理科系の高校教師をしていた(一度家に伺ったとき、なにかの話題で、お父さん、お母さん、岩明の三人が理科年表を見る場面に遭遇したことがある!弟さんもいたら四人で覗きこんだのか?あんな小さい文字を?)。
面白いことに、大声を出すという行為は、岩明のその後の一連の作品と繋がっている気もする。根本まで立ち戻らないと気が済まない岩明にとって、人間とは何か?がもっとも大事なテーマとなるのだが(どんな考えも結局はそこに戻るしかないのだから原理主義の岩明にとってそれは当然のことだ)、岩明はその問題を解くために、人間でないものを登場させるやり方をとる。これは人間以外の生物(『寄生獣』)だけを意味しない。人間でなくなってしまった人間(「骨の音」)、あるいは特別の能力を持った人間(『七夕の国』)、まったく心が読めないおかしな人間(「和田山」)を含む。こう書いてしまうと誤解を生むかもしれないが、それらはあくまで比較するためのスケール(物差し)である。人間を肯定するのではなく、「人間とは何か?」を知るために用意される。
大声もまたスケールだ。
大声は人間の行為なのか?動物の行為なのか?言葉なのか?叫びなのか?動物は歓迎会をしない。だから歓迎会は人間の行為だ。そしてまた芸を見せることも人間だ。だが岩明がしたのは芸か。ライオンの吠え声を真似すれば芸だが、岩明はただ大声を出しただけなのだ。しかし大声を出して芸だと言い張ることがまた人間らしいとも言える?じゃあいったい人間とは何か?
考え過ぎだろうか。そうは思わない。岩明にとって大事なのは実はスケールなのだから。「さあ、このスケールで問題を解いてごらんなさい」と彼はいつも作品に提示する。答えはどうでもいい。いや、とりあえずの答えはある。だがそれはいつでもとりあえずだ。なぜなら問いを作った本人が解を出すのはバカのすることだからだ。そんなことより「ほら、この問題解きたくならない?面白そうな問題じゃない?」と「考える人」岩明は他の人にも「考えさせよう」と手を振る。太郎君がリンゴを五個とミカンを三個買いました。全部でいくつでしょう?5+3=?これは面白くない。だが(新一)−(右手)+(ミギー)=?これはどうしたって解きたくなる。
岩明均の作品はどれも素晴らしい。どれも好きだ。だが上のように考えるきっかけを与えてくれたのは「骨の音」(短編集『骨の音』の表題作)だったかもしれない。
大学生の中村は美術科のカオリに興味を持つ。そこで中村はカオリの昔の恋人が自殺したことを知る。中村はカオリを好きになる。そのためカオリが今つきあっているちんぴらに戦いを挑む。河川敷。カオリの昔の恋人は「カオリのために」自殺した。そして今中村は「カオリのために」チンピラを殺そうとする。カオリは今二人の人物を見ている。昔の恋人と今目の前にいる中村と。カオリが叫ぶ。「おまえ誰だァ!おまえ誰だァ!」
この叫びはまさに「人間とは何か?」を問うている。人は人のために自殺する。人は人のために人を殺す。そんな生物がいるのか?精神がおかしくなっているカオリ(つまり人間でなくなっている)だからこそ発することが出来る問いなのだ。
さらにカオリ自身も、自分のために自殺した男のせいで人間でなくなり、自分のためにチンピラを倒そうとする男のおかげで、人間に戻ってくる。その往還もまた人間的だからこそ、「おまえ誰だァ!」という問いが読者(読者はみんな人間だから)に向けられるとわかる。
しかしなんて魅力的な台詞なんだろう。初めて読んだときは嫉妬に狂った。(言わずもがな、同じ台詞を二回言うのはリズムを作り、強調のためだが、さらにここでは二人の人物に向かって言ったことも意味している、面白い効果だ。そして言わずもがなついでにもうひとつ、このカオリの顔は『寄生獣』の田宮良子に似ているとも言える。あと子犬も出てくるし)。
私もこんな台詞を書いてみたい。
「金が欲しいなあ」「そこに10円落ちてますよ」
だめだ。ひどい。勝てない。
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