ダイアン②

ダイアンが好きだ。
依頼もされてないのに勝手に書くほど好きだ。
×  ×  ×
西澤「銭湯って行ってる?」
津田「家に風呂あるからなあ」
西澤「銭湯って、風呂に入るんはもちろん気持ちいいけど、人との付き合いも結構あるのよ。 今、あんまり知らん人とは話さん世の中になってるやん。面倒くさいて。でも銭湯行くとな、ああ、こういうのもええなってわかるから」
津田「へえ、そういうもんかな」
西澤「ちょっとやってみよか。いらっしゃい。ボク一人で来たん?偉いねえ」
津田「子供ちゃうから」
西澤「ランドセルはおばちゃん預かっとこうか?そのたて笛も、習字セットも、絵具箱も」
津田「今日終業式?学期末?」
西澤「毛生えた?生えてない?生えてないなら、ふふ、女湯ありやで」
津田「生えとるわ!ボーボーに!」
西澤「ボーボーの方でしたか。まことに申し訳ございませんでした(敬礼する)」
津田「なんで敬礼すんねん」
西澤「今日は良く晴れましたね」
津田「そうですね」
西澤「ダメ、全然ダメ」
津田「どして?」
西澤「ただ風呂に入る、それじゃ銭湯勧めないから、番台のおばちゃんと会話を楽しむ。暖かいのはお湯だけと違う。人の心。人情です」
津田「確かにそうか。ごめんごめん。慣れてなくて」
西澤「今日は良く晴れましたね」
津田「そうなんですよ、だから散歩しよう思うてね。駅のこっち側来たんです、北口の方は使うんですけど、そしたら大発見。銭湯ですよ。友達がね、銭湯いいぞ言うてたから、よし、ちょっと入ってみるかって」
西澤「うれしいこと言うてくれるわ。だったらゆっくりしてって。体伸ばして、ほかほかになるまで温まって。平日のこの時間にお風呂入るのってぜいたくやで。でもたまにはそれくらいせんと。あんたもがんばってはるんでしょ、お仕事」
津田「(感激して)おお!良い感じ!そういうことね!そういうことだったのね!」
西澤「坂本竜馬は日本を洗濯したけど、あんたは命の洗濯して」
津田「おばちゃん、うまいこと言う、ってそれ、もう一万回ぐら言ってるんとちゃう?」
西澤「……」
津田「ムッとしてる。すげえムッとしてる。良い感じだったのに。ごめんなさい」
西澤「あんた、ビール好き?お風呂出たらな、右にでた通りにな、うまい焼鳥屋があんねん。鳥八って。そこ行ってみ。焼き鳥お任せで4,5本頼んで、あ、まずは塩からな、そんであとポテトサラダ。これにソースドボドボかける」
津田「うまそ!」
西澤「ほんまにめっちゃうまいでえ」
津田「こういうのうれしい!行きます!行きます!」
西澤「おばちゃんもすぐ行くから」
津田「え?おばちゃんも来るの?」
西澤「……」
津田「ムッとしてる。怖い怖い。でも初めての銭湯でそのおばちゃんと一時間後に焼き鳥って、俺はそこまでせんといかんのか?そこまでして初めて人情がわかるんか」
西澤「はは、冗談やがな」
津田「そっかそっか!ごめん、本当慣れてなくて」
西澤「人のぬくもりは焼き鳥食わんでもわかるよ、だけどな、おばちゃんの肌のぬくもりはベッドのなかでやで」
津田「え?今のどっち?冗談?本気?どっち?」
西澤「……」
津田「ムッとしてる。本気やった」
西澤「タオルはお持ちですか?石鹸は?」
津田「いきなりだったんで、なんもないんですけど」
西澤「だったらタオルも石鹸も欲しいね、シャンプーは?髪の毛洗う?それともガンかけてる?自転車乗れるようになるまで俺は一生髪は洗わんって」
津田「自転車乗れるわ!」
西澤「船は?」
津田「は?」
西澤「おもちゃの遊ぶ奴」
津田「だから小学生やない!」
西澤「違うて。自分のために使うんやなくて、子供たちと遊ぶねん。ふだん子供と遊ばないやろ。人のぬくもりはな、子供たちにも教えてやらんと」
津田「ああ、そうか!だったら船お願いします」
西澤「戦艦大和にする?タイタニック?」
津田「へえ、いろいろあるんですね。じゃあ戦艦大和
西澤「はい、これ(めちゃくちゃ大きいの渡す)」
津田「デカっ!」
西澤「マニアの方から勧められて60分の1サイズでやらしてもらってます」
津田「60分の1?」
西澤「これ湯船いれたら誰も入られへんねん、だから洗い場で遊んでね」
津田「お湯に浮かべられへん船なんて、飛べない豚やんか」
西澤「……」
津田「あかん、めっちゃムッとしてる」
  津田、脱ぎだす。
  西澤、見ている。
津田「なに?」
西澤「……ボーボーちゃうやん」
津田「さっきのは言葉のあや!」
西澤「敬礼損した」
津田「だからなにそれ」
  津田、脱ぎ終わり、扉をあけて入った。
津田「ああ、やっぱり広いわあ、ええ感じ」
  体を洗っているおっさんが声をかけてきた。
西澤「タオルで隠すな」
  たしかに津田、タオルで股間を隠していた。
津田「あ、すんません」
西澤「みんな持ってるものは同じや。恥ずかしいことない」
津田「そうですね。だったら」
  津田、タオルをとった。
  西澤、じっと見ている。
津田「はい?」
西澤「……ええよ。隠して」
津田「なんでやねん!」
西澤「見ない顔やな」
津田「今日初めてなんですよ」
西澤「ああ、待ってたで」
津田「どして?どうして来ることがわかったの」
西澤「よし、おっちゃんが背中洗ってやる」
津田「そんな。いいですよ」
西澤「だから言ったやろ、銭湯の楽しみは暖かい人情やって。洗ってもらって、そのあとおっちゃんを洗えばええやん」
津田「そうやったね。だったらすんません」
  西澤、前から背中を洗おうとする。
津田「あの……」
  西澤、なおも洗おうとする。
津田「あの……こっちに回ってもらったら洗いやすいんやないかと」
  西澤、だがなおも洗おうとする。
  だが洗いにくい。
  いらいらする。
西澤「ちっ」
津田「だから、その体勢では無理やと思うんですけど」
西澤「そう思うたら自分が背中向けんと」
津田「ああそうでした」
  津田。背中を向ける。
  西澤、廻り込んだ。
津田「これではさっきと同じでは?」
西澤「動くな」
  西澤、ぐいと、しゃがませた。
西澤「俺には俺のやり方がある、俺はこうして生き延びてきた」
津田「なんか戦場にいる軍曹みたいなこと言ってますけどね。ここは戦場じゃなくて、銭湯ですよ」
西澤「ふ」
津田「笑った」
  西澤、構わず洗う。自分は立ったまま洗おうとするので、股間が顔に当たる。
津田「(手で払い)あの(手で払い)ちょっと(手で払い)あそこが(払い)当たるんですけど」
西澤「あたるのが嫌ならのれんみたいに手で押さえといて」
津田「もっと嫌や!」
西澤「はい。終わったで、どうや、気持ちええやろ」
津田「ありがとうございます。全然洗えてないですけど、ありがとうございます。今度は僕がしますから」
西澤「俺はええよ」
津田「でも」
西澤「俺、こそばいの苦手やねん」
津田「そっとやりますから」
  西澤、背中を向ける。
津田「自分は背中を向けるんや」
  津田、洗う。
西澤「うひゃひゃひゃ」
  津田、洗う。
西澤「うひゃうひゃうひゃ。兄ちゃんうまいな」
津田「そうですか」
西澤「うひゃひゃひゃ、笑わしよる。ほんま笑わしよる。うひゃひゃひゃ」
津田「ここはどうだ。ここは?ここが弱いのか!そうなんか!」
西澤「……」
津田「すんませんでした」
西澤「でもな。きみ、ほんまおもろい。漫才師になったらええよ」
津田「漫才師ってくすぐるわけやないんですけどね」
西澤「ありがと。このあと時間ある?ビール一杯奢ったるわ」
津田「え?ほんまですか?だったら、右にでた通りに、鳥八ってあるらしいんですよ。知ってはります?」
西澤「え?あそこ、死ぬほどまずいよ、ていうか死んだ人おるよ」
津田「嘘!ポテトサラダがうまいって聞いたけど、ソースどばどばかけると絶品って」
西澤「ポテトサラダ?最初からケチャップかかってるで」
津田「なんで?なんでケチャップ?」
西澤「番台のおばちゃんに言われたんやろ。ここだけの話やけどな、この銭湯の親戚がやってるねん、仲間でかばいあってんねん」
津田「人情に厚いって親戚だけかい」