河合隼雄

昔私を振った斎藤めぐみから連絡が来た。指定された市のはずれの公民館の集会場に行ってみると、黒板に「歓迎!めぐみに振られた男たちの集い」と書いてある。ドア口には青の作業着を着た男が立っていたのだが、「どうぞ、くつろいで下さい」と持っていた竹刀で床を差す。そこにはビニールのゴザが敷いてあった。聞いたこともないメーカーのペットボトルの茶と袋に詰め合わせになった菓子を受けとり、私はそこに座った。全部で十人。私以外の九人は手にある菓子の袋を凝視している。ときどき「うひょう」と奇声を発する者がいて、おそらくヤクルトの野球帽をかぶった青年だと思うのだが、不思議と見ているときには声が出ない。「お菓子は食べていいですよ」と青の作業着の男が言った。とたん同じ顔をした三人が同時に男に向き(このとき三つ子かと気づく)、「そういうことは早く言えよ」と声を揃えて言う(声が合った時点で三つ子と確信する)。三つ子は同じ笑顔でへらへらと菓子の袋を開け、食いはじめた。あとの六人も続く。ヤクルトの帽子をかぶった青年も食べた。九人は九人ともいか大将から食べていた。三つ子の一人が「お茶は飲んでいいんですか!」と青の作業着の男に大声で聞く。「いいですよ」と答えが返ると「そういうことも早く言えよ!」と三つ子の残りの二人がさらに大声で言ったのだが、青の作業着の男が「いい気になってると死ぬぞ」と竹刀で小さく床を突ついたので、それからは三つ子は口を閉じた。九人は菓子を大事に食い、茶を少し飲み、菓子を食い、茶を少し飲んだ。私は菓子の袋を見ていた。右わきに座っていた初老の男が私にむかって小声で言った。「見てるんだったら食べたらいいですよ」私はうなづいた。だが食べる気持ちにならなかった。初老の男は「めぐみに振られた同じ仲間なんだから。一人だけ違うような顔をするのは良くないですから」と言う。私はもう一度うなづいた。青の作業着の男が「盛り上がらないね。すごろくでも持ってこようね」と部屋を出て行った。私は初老の男に言った。「今日はめぐみは来るんでしょうか?」初老の男は笑った。「来るわけないでしょう」
同じ会場では「めぐみと半年以上つきあったことのある男子諸君の集い」も同時開催されていた。あちらも十人。テーブルに背もたれつきの椅子で、大ぶりのポットの紅茶で談笑している。スコーンやサンドウィッチや果物もあるように見えたが、私は床にいるせいではっきりとはわからなかった。
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笑点の座布団は正方形ではない」と友人からメールが来た。テレビで紹介してたらしい。「大きさも通常よりデカい」「数年に一度新調する」「そのときは座りにくいので、あえて歌丸さんは座布団をあげる」「山田くんは良い人」だって。ふーん。そうなんだ。
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佐野洋子の『覚えていない』(マガジンハウス 2006)を読んでたら「河合隼雄先生のお顔は出来たての座布団のようである」と出てきた。